CICSJ Bulletin Vol.13, No.5, September, 1995


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目次


特集「グラフ理論・組合せ理論」

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内容


グラフ理論・組合せ理論への招待

                         お茶大・理   細矢治夫

 1.はじめに

 日本に限らず、化学の世界でグラフ理論や組合せ理論をやっているというと、何か変人扱いをされることが多い。本号の特集は、そういう胡散臭い眼でグラフ理論を見ている人や、ちょっと面白そうな世界だけれど本当にそうなのかなと半信半疑でいる人に向けて立てられた企画である。与えられたべ−ジ数も限られているので結論から先に書こう。
 無限ともいえる莫大な可能性をもつ物質の構造と性質の間をつなげる不思議なからくりを見抜き、新しい物質を作りだすようなことは、化学者が最も得意とするところである。化学者は多くの実験事実をもとに、いわゆる化学的論理(chemical logic)に頼って問題を処理してしまう。もちろん最近は分子軌道法のような大道具も使われるが、その化学的論理を使う際の道具立ては簡単な化学構造式に過ぎない。化学以外の人間にはなかなか親しみ難いその構造式を巧みに操って結論を引き出してしまう。ここで化学者は、知らず知らずのうちに、組合せ理論やグラフ理論の考え方を実地に応用しているのである。化学のグローバルな理解にも、これらの理論の神鰭が使われている。
 ところが多くの化学者は、自分のやっていることがグラフ理論や組合せ理論の応用であるということに気がついていない。「私は数学は苦手です。式を見るとめまいがする。」と言っている人がやっている化学的な情報処理が、数学というか、数理化学そのものの考え方であることが意外に多いのである。一般の化学者がそういう問題をもっと意識的に、またもっと系統的に数学的に整理することができていたならば、化学はもっと速い速度で進歩していたであろう。
 そこで、このような学問体系や考え方を若い人の意識の中に浸透させるためには、どうすれば良いのだろうか。その一つの案として、高校や大学の初年級の化学教育の場において、化学の中の数理的問題の認識や、諸現象のグローバルな理解を助けるために、グラフ理論や組合せ理論の基礎のところだけでも生徒にキチンと教えることを提案したい。またこのような数学的なことに限らず、もっと物理や生物的な内容の教材も化学教育の中に取り込むべきものがいろいろあるであろう。こういう問題も含めて、化学のカリキュラムの建て直しが是非必要であると思う。

 2.グラフ理論

 そもそもグラフ理論で問題にされるグラフというのは何だろうか。ここでいうグラフとは、点(Vertices,V)と線(edges,E)の集合であって、棒グラフ、折れ線グラフ、円グラ フ等の図式とは関係がない。ところが、化学者が自家薬篭中のものとして使っている構造式は、それをちょっと変形するだけで、たちまちグラフ理論家の絶好のターゲットとなってしまう。特に炭化水素のように、炭素原子1種類からできている骨格に炭素の原子価4を満足するように水素原子がぶら下がっているという分子の構造では、C原子=点、CC結合=線、という機械的な置き換えで、分子=グラフという変換が完了してしまう。もちろんそれ以前に、少数の数学者がこの問題に注目していたのだが、化学者を長年悩ませていた異性体の数え上げの問題が数学的に非常に重要なものであると堂々と宣言したのが、今から60年前の1936年のポリア(Polya)の論文である。1)
 ポリアは飽和炭化水素の異性体や誘導体の数を、幾何学的な直観や「目の子算」に頼らずに代数学的な計算によって求めることができるという、画期的な方法を考案した。彼の提出した数え上げ多項式とか、環指標という新しい概念は、置換群や組合せ理論の分野にも標準的な手法を提供して、それらの分野もグラフ理論と歩調を摘えて格段の進歩をとげることになった。
 このポリアの論文の丁度 200年前の1736年に、オイラー(Euler)は有名なケ−ニヒスベルグの7つの橋の問題を「グラフ理論的」に解いたのである。そして、科学史家達はこの年をもってグラフ理論の誕生の年としている。この長い200 年の間にこの分野にはめぼしい発見や発展がほとんどなかった。これは、オイラーの一筆書きの定理が、単にパズル的な応用の価値しかないと多くの人に思われていたのが一つの大きな理由であろう。
 さて、ポリアによって開花したグラフ理論と組合せ理論は、この後着実に成長して来たのだが、これらの数学が今日のように、自然科学だけでなく、人文社会の様々な分野からゲーム・パズルの領域にまで広く共通の言葉で語られ、かつ応用されるようになったのはハラリー(Harary)の業績である。即ち彼は1969年に名著「グラフ理論」を世に出して、この分野のプロパガンダ的な役割を果たした。2〕このように見てくると、グラフ理論の大きな貢献者は、オイラー、ポリア、ハラリーの3人ということができる。この3人に共適していることは、何れも純粋数学の畑で育ちながら、数学以外の分野にまで積極的に手を拡げて、しかもそれなりの収穫を得ていることであろう。オイラーの活躍した時代は、錬金術のレトルトの中から近代化学の種が昇華するはるか以前で、物理学者の目も天体の運動から地上の物にまだ移っていなかったので、残念ながら同時代の自然科学は彼の恩恵を受けることはできなかったのである。これが、オイラーの後を継ぐ仕事がなかなか出なかったもう一つの理由であろうか。ここでは、化学と関わりの大きいポリアの業績を簡単に紹介することにする。

 3.ポリアの方法

 鎖式飽和炭化水素、即ちアルカンの異性体の数え上げについては、19世紀の化学者も大きな関心をもっていた。炭素数nを使って異性体の数を表す一般式を求める試みがいろいろ出されたが、誰も成功しなかった。それは現在の数学の力をもってしても無理なことがわかっている。数学者ケイリー(Cayley)はかなり難解な方法だが、母関数という考え方を使って、ある程度の成功を収めた(1875)。3)この問題に決定的な解決を与えたのがポリアである。
 彼は先ず、飽和1価の鎖式アルコール C_n H_2n+1O H の異性体の数 A_n を項 x^n の係数にもつ多項式

    A=1 + A_1 x + A_2 x^2 + A_3 x^3 + ... 

が、
    A(x)=1 + x[ {A(x)}^3 + 3 A(x)A(x^2)+ 2A(x^3)]/ 6

という関係式を満たすことを発見し、A_n をnの小さいほうから順に求めて行った(^はべき乗、_ は下付き添字)。次にそのアルコールを2つつなげるとアルカンになる。ポリアは分子の対称性が原因で生じる数え上げのダブりをうまく消す巧みな代数的操作を考えだした。これによって組合せ理論やグラフ理論という混沌とした新しい学問領域に、置換群や環指標という概念を導入し、標準的な手法を確立したため、この領域が大きく発展するようになったのである。5)なお、ドイツ語で100 べージ以上もあるポリアの大論文は、なかなか一般の人の手には負えないので、最近それを英語に訳した本が出版された。6)アルカンの異性体の数え上げ多項式の漸化式を導くまでのこの論文の構成は実に壮大である。発表後50年以上経ってから、多勢の人に理解されるように、翻訳され紹介されるような論文は滅多にないのである。

 4.構造式の数学的意味

 ポリアはこのように、構造式を簡略化して得た炭素原子骨格のグラフのもつ数学的な性質を最大限活用した。このように不思議な力を待つ構造式は19世紀の後半に、クーパー(Cooper)、ケクレ(Kekule)、ファント・ホッフ(Van't Hoff)達の努力によってつくり上げられたものである。ファント・ホッフとル・ベル(Le Bel)は独立に、メタンの4置換体CABDE が光学活性をもつためには、炭素原子の回りが正4面体になっていなければならない、という大胆ではあるが正しい推論を行った。平面的に描かれたメタンの構造式をまともに受け取ったら、こういう結論は出てこない。
 更に、20世紀になったかならないかという時に、糖類の3次元的な立体構造をフィッシャーは紙とエンビツで解決してしまった。もちろん膨大な実験事実がその裏にあるわけだが、それらをもとに、炭素原子周りの4面体構造という仮説(現在の化学的立場から見れば)のもとで構造式のもつ数理を縦横に使った結果、最後に右か左のどちらかを選ばねばならなくなった。そのときフィッシャーは幸運にも、3次元的に正しい方向の札を偶然引き当てたのである。フィッシャーがやった立体構造についてのパズルのような推論の仕方は、グラフ理論の手法そのものである。
 彼の推論のスキームは、漆原義之の「有機化学」7)にもそのエッセンスが紹介されてある。私も自分の先生の教科書に書かれている通りにその論理の筋道を知ることができた。ところが、私が今もっているその本のある部分にはハッキリと赤線が引かれている。それは、アンダーラインではない。気に入らないから抹殺したのである。消されたところにはこう書いてある。「リンゴ酸、乳酸、及び光学活性酒右酸のいずれでも、それぞれ1対の光学対掌体に対して1対の立体異性があるが、どちらの化合物がどちらの立体配置を実際もっているかは、化学では知る方法がない。これは化学では知る必要もないので、約束で任意にきめればよい。」折角数理化学的にきれいな論理の展開を紹介しているのに、この人は何を考えているのだろうかと、自分の先生ながら情けなくなったことを覚えている。これがある時期の化学者の一つの典型的なものの考え方だったのかも知れない。

 5.サッカーボール

 フィッシャーが物理化学的な武器も何もなく、実験結果を機道式とを突き合わせて格闘したのと同じようなシチュエーションが、10年前のクロトー(Krotoy)とスモーリ−(smalley)の前にもひろがったのである。分光学的情報が全くなく、ただ質量分析からC60という分子式だけがヒントとして与えられた。実際どちらが先に思いついたかは永久に謎なのだが、2人はためらわずにサッカーボール型の構造を主張したのである。8)
 ケクレが思いついた、ベンゼンの2個の構造式。更に20世紀の前半に展開された量子力学の全く新しい学問体系。共鳴構造式の数え上げ。その数が多いほど、分子は安定化を強く受ける。このような論理から、ベンゼン系芳香族炭化水素の熱力学的安定性がケクレ構造式の数の大小と密接に関係してくると言われた。ベンゼン系芳香族炭化水素だけ、しかも異性体の間の比較というように条件を限れば、ケクレ構造式の数と分子の安定性とは非常に高い相関関係がある。グラフ理論や組合せ理論の立場からも、この相関関係の原因はきれいに説明されている。しかし現代の化学の教科書、特に有機化学の教科書の中で、ケクレ構造の重要性やそれに関する数学的にきれいなな関係などもがまともに取り上げられていないのは、極めて残念な話である。9)

 6.化学はグラフ理論の宝の山

 クロトー等はC60から一気にサッカーボール、正式には切頭2 0面体、と結論付けてしまったが、実は分子式がC60で、5角形が12枚、6角形が20枚の多面体が1812種類も存在しうるのである。これは、いくつかの化学者のグループが競争して、最近やっとわかったことである。この問題を含めて、グラフ理論に関係する種々のグラフの数え上げの問題なども、王に化学者によって解決ないしは、それに近い状態に至ったのである。同様に、群の既約表現と指標表などのほとんどは物理学者と化学者の共同作業で作り上げたものである。20世紀も終りに近づいて、やっと化学の世界でもオイラーの御利益にあづかるようになったのはめでたい話である。分子設計、それも薬学の分野では、いわゆる構造活性相関(QSAR)が大きな話題になっている。化学の世界には、グラフ理論や組合せ理論のターゲットとなる問題が至る所に転がっている。化学はグラフ理論の宝の山である。

1)C.Polya,Acta Math.,68,145(1936). 2)F.Harary,Graph Theory, Addison-Wesley,Reading, MA(1969).邦訳、共立. 3)ビッグス、ロイド、ウィルソン、グラフ理論への道(一松、秋山、恵羅訳)、地人書館(1986). 4)母関数については、C.L.リウ、組合せ数学入門 I, II(伊里訳)、共立(1972). 5)鐸木啓三、化学者のための数学、朝倉(1974). 6)G.Polya, R.C.Read, CombinatoriaI Enumeration of Croups, Graphs,and Chemical Compounds, Springer, New York(1987). 7)漆原義之、有機化学(上・下)、岩波全書(1951).  8)「化学」別冊、フラーレンC60の化学、化学同人(1992).  9)E.Clar, The Aromatic Sextets, Wiley, London (1972).

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数え上げの新方法(USCI法)の開発と化学への応用 富士写真フイルム足柄研究所 藤田眞作

 1 はじめに

 異性体の組み合わせ論的数え上げで取り扱う典型的な問題は,「基本となる骨格の対称性(点群あるいは置換群)と置換原子種が与えられたときに, ある分子式に相当する異性体の個数を求める」というものにこでは,第1種の問題と略称)である.たとえば, ベンゼン環(点群ではD_6h、_は下付き添字)に塩素原子が置換するとき, 二置換体(分子式C_6 H_4 C_l2に相当)は何個存在するかというような問題である.この場合は,実際に書き出せば,簡単に3個(オルト,メタ, パラ)であると求まるので, こむずかしい数学的な取扱いをする必要はない.しかし, 骨格が複雑になると手仕事では漏れがでてくるため, 組み合わせ論的数え上げの手法を使う必要がある.この種の問題を解くために使われてきたのは,Polyaの定理(Polya-Redfieldの定理ともいう)【1,2】やRead-Redfieldの重ね合わせ定理【3】である.1化学分野の異性体の数え上げの問題で,これらの定理で直接的に解けるようなものは, 1980 年代の始めまでであらかた報告がでてしまった.その後の展開は,異性体の概念$ r広げる方向に進んでおり,

1.置換原子種の原子価に制限(原子価下限)を入れた問題【5】.
2.有機反応のグラフ表現(虚遷移構造)を新しく考案した上で, 有機反応を数え上げる問題【6】.原子種を与えることから結合種を与えることへの問題の観点の変更.
3.スペクトルの帰属への応用【7】.
4.異性化などの動的な事象の数え上げ【8】.

なとが代表的な成果である.
 その一方で, 「基本となる骨格の対称性(点群あるいは置換群)と置換原子種が与えられたときに,所与の分子式と対称性をもつ異性体の個数を求める」という問題(第2種の問題)が浮上してきた.この場合は, 異性体の対称性が数え上げの観点として追加されたため,Polyaの定理や重ね合わせ定理だけでは解けない. この種の問題の解決には, 示数表(mark table)を使う必要があることが明らかにされた【9】.この方向では,両側剰余類(double cosets)と示数表を併用する方法【10】や重ね合わせ定理と示数表の併用【11】が報告されている.
 筆者は, 示数表の概念をさらに発展させてUSCI(unit subduced cycle index)という概念を提案しており, 第2種の数え上げの問題の解決に有効であるだけでなく,立体化学を深く理解するためにも有効なことを明かにしている.詳しくは, 拙者【4】をみていただくとして, この小論では, 「どんなことをしているのか, どんな意図があるのか」という紹介をしてみたい.

 2 剰余類表現とその減縮

 例として, メタン(あるいはアダマンタン)の分子を考える.ご存じのように, これはTd点群に属する. この分子の水素原子(あるいは, アダマンタンの橋頭位の水素原子)に着目する.すなわち,水素原子からH-C結合に向かって透視すると, メタン分子の姿は, C3v対称であるように見えてくる.「着目する」というのは, 数学的にごくごく単純化していうと, 「固定する」ということである.その結果, 対称性がT_d点群からC_3vに下がったということができる(_は下付き添字を意味する).いいかえると, メタンの水素原子の局部対称性(local symmetry)は, C_3vである.この事実は, 次の剰余類分解と対応している.

     T_d = C_3v + C_3v C_2(1) + C_3v C_2(2) + C_3vC_2(3)    (1)

ここに,C_2(1), C_2(2), C_2(3)は, 直交する 3本の二回回転操作である.この式の右辺に現れる4個の剰余類(cosets)は, Tdにの対称操作により変換し, 置換表現を作る.この置換表現を剰余類表現(coset representation)といい, T_d(/C_3v)と書くことにする.

 T_d(/C_3v) = {(1)(2)(3)(4), (12)(34), (13)(24), (14)(23),  ・・・}  (2)

剰余類表現をT_d(/C_3v)表すのは, 筆者が提案した記号であるが, この記号によって,

1. これらの4個の剰余類と, メタンの等価な4個の水素原子とを対応していることを表せること
 2.4個の水素原子の全体(軌道)と剰余類表現T_d(/C_3v)の対応を表せること
 3.メタン分子の大城対称性(global symmetry)と水素原子の局部対称性と表せること

など, きわめて便利である.同じTd対称であるアダマンタンについて, 4種類の軌道と剰余類表現を示す.

molecules
次に, これらの剰余類表現の減縮(subduction)を考える【12】.この計算には, 示数表(mark tables)が必要であるが, ここでは, 直感的にわかる例によって計算なしで考えてみよう.たとえば, 式2の右辺から, C_2vに含まれるものだけを取り出す操作を, T_d(/C_3v)のC_2vへの減縮といい, T_d(/C_3v)↓C_2vと書くことにする.すなわち,

T_d(/C_3v)↓C_2v 
  = {(1)(2)(3)(4), (14)(23), (1)(23)(4), (14)(2)(3)}         (3)
= {(1)(4)‖(2)(3), (14)‖(23), (1)(4)‖(23), (14)‖(2)(3)} (4)
= C_2v(/C_s) + C_2v(/C'_s) (5)

この右辺3は, C_2vの置換表現とみることができるので, 式5と書き直せる.これは, 式3を式4のように考えると, ニ重縦捧で分離してあるように, C_2v(/C_s) = {(1)(4), (14), (1)(4), (14)}およびC_2v(/C'_s) = {(2)(3), (23), (23), (2)(3)}とに分離して取り扱えることを示す. このことを, 式5のように表すわけである.
式5から, USCI(unit subduced cycle index)を導入する.すなわち, C_2v(/C_s)から,要素の数の比をとると|C_2v|/|C_s| = 2となる. この整数を添え字として, 循環指標の変数s2で表す. 同様にC_2v(/C'_s)にもs_2を対応させる.そののち, 式5によって, 減縮T_d(/C3_v)↓C_2vに対して, s_22を対応させる. この変数をUSCI(unit subduced cycle index)と呼ぶ.
式5および対応するUSCI(s_22)をメタン分子に即して考えてみよう.すなわち, メタン分子は, 対称性をC_2vに下げることによって, 4個の水素原子は2個ずつに分離することになる. USCIの変化で表すと, s_4 → s2_2となる.これは, メタンから二置換体(たとえば, ジクロルメタンCH_2CL_2)が生ずるときの数学的な表現になっている.
剰余類表現, 減縮, USCIは, 群に固有のものであるから, 群が与えられればあらかじめ計算しておくことができる.拙著【4】の付録に代表的な点群について表にしてあるので参照されたい.このように計算しておけば, メタンのような具体的な化合物についていちいち計算しなくともよいわけで,取扱いが簡単になる.
USCIは単独の軌道について求めた変数である.通常は複数の軌道が存在するので, それらを掛け合わせたSCI(subduced cycle index)を求めて, 数え上げの目的に用いる.メタンの場合は, 軌道は1種類であったから, USCIとSCIが一致している.アダマンタンの場合, 含まれる水素原子を例にとると, 橋頭位の軌道(1)と架橋位の軌道(2)が存在する.それぞれに対応する剰余類表現は,T_d(/C_3v)とT_d(/C_s)である.これらのC_2vへの減縮を考えて, それぞれのUSCIを計算すると, s2_2とs2_2s2_4になる.したがって, SCIはこれらを掛け合わせたもので, s4_2s2_4である.

3 USCI法による数え上げ

筆者は,第2種の数え上げを行う方法として, 次に示す4種類の方法を見いだしている.これらは, いずれもUSCIを基礎とする数え上げ法で, 目的に応じて使うことができる.

1.SCIによる母関数と示数表を用いる方法【12】
2. PCI(partial cycle index)による母関数こよる方法【13】
3.SCIの要素重ね合わせ(elementary superposition)と示数表を用いる方法【14】
4.PCIの要素軍ね合わせによる方法【14】
ここにPCI(partial cycle index)とは, 示数表の逆行列から導いた係数をSCIに掛けて足し合わせたものである.PCIは各部分群ごとに求めることができる.これら4方法を同じ問題に適用して比較検討したものを報告しているので,参照されたい【15】.

4 従来法との関係

上で述べた従来の定理を, USCIから出発して証明することができる.すなわち,

1.USCIの概念から出発して, SCIを経由し,循環指標CI(cycle index)を導くことができる. これによって, Polyaの定理の別証が得られる【16】.第1種の数え上げが第2種の特別な場合であるから, この証明はUSCI法の特色をよく表している.
2.USCIの概念から出発して, SCIの要素重ね合わせ定理を証明した【14】.これを用いると, Read-Redfieldの重ね合わせ定理の別証が得られる【14】.

これらの事実は, 従来の定理よりも, USCIの概念がより基本的・本質的なものであることを示唆する.
そのほか, 化学群論で多用される指標(character)と示数(mark)を統合したmarkaracterという概念を提案して, 数え上げに応用しているので, 参照されたい【17, 18】.

5 応用と展望

今までに得ている結果の中から, 今後さらに詳しい議論が必要なものさらに発展が期待できるものを次にあげる.

1.USCIに基づく4方法によって, 第2種の数え上げが組織的に行えるようになった.この方法のポイントは, 示数表とUSCI表であり, 複雑な点群についても今後計算する必要がある.
2.剰余類表現の記号G(/H)において, Gがアキラルな点群で,Hがキラルな点群の場合は, プロキラリティー(prochirality)が発現する【19】.これは, キラルな置換基を考えたときの数え上げに必要であり, 詳しく論じているが, さらに考察を進める必要かある.
3.筆者は,キラリティーに類する概念として,クロナリティ(chronality)という概念を提案している【20, 21】.シクロヘキサンの椅子形相互の反転に関して, この概念が有効に使えることを論じている.これにより, シクロヘキサンの置換異性体を合理的に分類し, 教え上げることができるようになった.分子の動的な挙動を含めた数え上げの可能性を探る方向は, 今後とも有力な分野となろう.
4.虚遷移構造の定式化によって, 反応に関して, 第1種の数え上げを行えることを示したが, 当然のことながら第2種の数え上げもUSCI法により解決することができる【22】.さらに, 反応の種類を広げて考察する必要があろう.

(注1)Polyaの定潮こついては, 拙著【4】の第13章に初歩的な説明があるので参照されたい.Read-Redfieldの重ね合わせ定理については, よい参考書がないようである.

参考文献

【1】G. Polya and R. C. Read, “Combinatorial Enumeration of Groups, Graphs, and Chemical Com-pounds,”Springer-Verlag, New York(1987).
【2】G. Polya,Acta Math., 68, 145-254(1937).
【3】R. C. Read, J. London Math. Soc., 34, 417-436(1959).
【4】S. Fujita, “Symmetry and Combinatorial Enumeration in Chemistry,” Springer-Verlag, Berlin-Heidelberg(1991).
【5】S. Fujita, Bull. Chem. Soc. Jpn., 61, 4189-5206(1988).
【6】S. Fujita, J. Chem. Inf. Comput. Sci., 26, 205-212(1986).
【7】K. Balasubramanian, Chem. Rev., 85, 599-618(1985).
【8】I. Ugi, J. Bungundji, R. Kopp, and D. Marquarding, “Perspectives in Theoretical Stereochemistry,”Vol. 36 of Lecture Notes in Chemistry, Springer-Verlag, Heidelbelg(1984).
【9】W. Hasselbarth, Theor. Chim. Acta, 67, 339-367(1985).
【10】C. A. Mead, J. Amer. Chem. Soc., 109, 2130-2137(1987).
【11】E. K. Lloyd, J. Math. Chem., 11, 207-222(1992).
【12】S. Fujita, Theor. Chim. Acta, 76, 247-268(1989).
【13】S. Fujita, Bull. Chem. Soc. Jpn., 63, 2770-2775(1990).
【14】S. Fujita, Theor. Chim. Acta, 82, 473-498(1992).
【15】S. Fujita, J. Math. Chem., 12, 173-195(1993).
【16】S. Fujita, J. Math. Chem., 5, 99-120(1990).
【17】S. Fujita, Theor. Chem. Acta, 91, 291-314(1995).
【18】S. Fujita, Theor. Chem. Acta, 91, 315-332(1995).
【19】S. Fujita, J. Am. Chem. Soc., 112, 3390-3397(1990).
【20】S. Fujita, Bull. Chem. Soc. Jpn., 67, 2927-2934(1994).
【21】S. Fujita, Bull. Chem. Soc. Jpn., 67, 2935-2948(1994).
【22】S. Fujita, J. Math. Chem., 7, 111-133(1991).

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芳香族分子の安定性と磁性の統一的解釈 静岡大学理学部 相原惇一

1.はじめに


 ベンゼンのような芳香族分子は、不飽和結合があるにもかかわらず、反応性に乏しい。じつさい、芳香族分子には、環状共役に伴う余分の熱力学的安定性があり、分子を構成する各π結合は、鎖状ポリエンのそれよりもいくぶん強固である。また、芳香族分子は、同程度の大きさの鎖状ポリエンより大きな反磁性磁化率を示す。しかし、比較的最近まで、環状共役分子の熱力学的安定性と反磁性磁化率の関係は不明であった。芳香族性が関わるこの種の問題は、ヒュッケル分子軌道法のクラフ理論的考察によって解決できる。特に、Coulsonらが発見し、細矢治夫氏(お茶大理)らが再発見した特性多項式の組立律は有力な手がかりとなる【1-3】。

2.特性多項式の組立律


Fig.1
例として、ナフタレンC10H8について考えてみよう。細矢氏の組立律【2】にしたが うと、ナフタレンの永年行列式を展開して得られる特性多項式PG(X)は、次のように 表される。
Eq.1
RG(X)はナフタレンの分子グラフG(図1)のマッチング多項式、RG-C1(X)はGから一方の6員環(C1、サーキット1)を除いた残りの部分(G-C1、ブタジエンの分子グラフに相当)のマッチング多項式、RG-C2(X)はGから他方の6員環(C2、サーキット2)を除いた残りの部分(G-C2、ブタジエンの分子グラフに相当)のマッチング多項式、RG-C3(X)はGから周辺の10員環(C3、サーキット3)を除いた残りの部分(G-C3、すなわちゼロクラフ)のマツチング多項式である。これからわかるように、特性多項式は、分子グラフGの中のすべての環状経路(サーキット)に着目して、順次、Gからそのうちの1つを取り除き、残りの部分のマッチンク多項式を求めるという方式で得られる。もう少し複雑な分子になると、2個以上のサーキットが同時に寄与する補正項が加わる【2】。
 任意の分子グラフGに対するマッチング多項式は次式で定義される。

Eq.2
この式で、NはGを構成する炭素原子の数、akは、Gからk個の互いに隣り合わないπ結合を取り出す方法の数を表す。

3.トポロジー的共鳴エネルギー

 式(1)において、マッチング多項式RG(X)は、特性多項式PG(X)の中の、環状構造とは関係しない部分を表す。したかつて、方程式RG(X) = 0の根は、π軌道エネルギーの、環状構造に依存しない部分を表すことになる【4-7】。そこで、方程式RG(X) = 0の根を加算して得られる実際の全π結合エネルギーと、RG(X) = 0の根を加算して得られる、環状構造から寄与を欠く全π結合エネルギーとの差を、その分子の環状構造に由来する安定化エネルギーと見なすことにする【4-7】。この解釈は、トポロジカルインデックスにもとづく芳香族性の考察【8-9】と矛盾しない。こうして求めた安定化エネルギーを、世間では、トポロジー的共鳴エネルギー(TRE)とよんでいる。
 鎖状ポリ工ンでは、特性多項式がマツチング多項式に等しいので、そのTREは0である。したがって、ナフタレンのような環状共役分子でも、もし環状共役による特別の安定化がなけれは、その特性多項式はマッチング多項式に等しくなるはずである。このような視点から、環状共役分子のマッチング多項式 RG(X)を、環状共役系でありながら鎖状ポリ工ンの性質をもつ仮想的な構造、すなわち参照ポリ工ン構造の特性多項式と見なすことができる。
 ナフタレンとその参照ポリ工ン構造に対する特性方程式PG(X) = 0とRG(X) = 0から得られる両構造のπ軌道エネルギーを図2に示す。βの係数が、これらの方程式の根を表す。実際の分子のπ軌道エネルギーは、永年行列式から得られるので、TREを計算するだけであれは、特性多項式PG(X)を求める必要はない。ナフタレンでは、すべてのサーキットが分子の安定化に寄与し、そのTREは大きな正の値(0.389|β|)となる。  一般に、ナフタレンのように、正の大きなTREをもつ分子は、安定でこわれに<い。また、TREが負の分子は、不安定でこわれやすく、合成が困難なことが多い。このように、TREが環状共役分子の安定性のよい指標となることから、TREが正の分子を芳香族分子、負の値の分子を反芳香族分子と定義することができる【4-7】。ベンゼン(TRE = 0.273|β|)は典型的な芳香族分子であり、シクロフタジエン(TRE = -1.226|β|)は典型的な反芳香族分子である。
Fig.2

4.磁場の中の芳香族分子

 次に、ナフタレン分子を磁場Hの中に置くことにする。この分子の、磁場に依存する永年行列式を展開すると、次式のような多項式が得られ、式(1)ときわめてよく似ていることがわかる【10-14】。

Eq.3

すなわち、式(1)の各サーキットに由来する部分に、磁場に依存する余弦(コサイン)関数のウエイトを与えるだけで、磁場に依存する特性多項式が得られる。余弦関数の中のS1〜S3は各サーキットの面積、eは電気素量、hはプランクの定数、cは光の速度を表す。
 それでは、ながらく懸案だった環状共役分子のエネルギーと反磁性の関係を調べてみよう。まず、式(1)と式(3)との比較から、環状共役分子独特の磁気性質も、その独特の安定性と同様に、分子内の環状構造と関係していることがわかる。分子に磁場が加わると、各余弦関数の値は1よりやや小さくなり、全π結合エネルギーに対する各サーキットの寄与はすこし小さくなる。ナフタレンのように、TREが正の芳香族分子では、大部分のサーキットが分子の安定化に寄与するので、磁場によってそのウエイトが小さくなると、分子全体の安定性はやや低下する。したがつて、エネルギー的に安定な芳香族分子ほど、磁場の中で不安定化する程度は大きい。
 一股に、磁場の中で不安定化する物質を反磁性物質といい、反磁性磁化率は、反磁性物質が磁場の中で不安定化する程度を表す。それゆえ、エネルギー的に安定な芳香族分子ほど、反磁性磁化率は大きいことになる【10-14】。以上の議論から明らかなように、芳香族分子の大きな安定性も大きな反磁性も、π電子が各サーキットに沿って環状運動することと関係している。ただし、式(3)に現れる余弦関数の値は、磁場の強さのみならずサーキットの面積にも依存するので、π電子に由来するエネルギー的安定化と反磁性磁化率の間には比例関係はない。これで、芳香族分子のエネルギーと磁性の関係の大枠は理解していただけたと思う。

5.おわりに

 以上紹介したように、ヒュッケル分子軌道法にグラフ理論的解釈を施すと、Kekule以来、未解決であった芳香族分子のエネルギー的安定性の起源や、安定化エネルギーと大きな反磁性磁化率との関係を難なく説明できる。このような問題は、最新の ad initio 分子軌道法を用いても、高速のスーパーコンピュ−夕を駆使しても、解き得ない問題である。化学の世界では、グラフ理論は汎用性のある方法論とはいえないが、グラフ理論的考察によらなければ解けない問題があることは興味深い。参考までに、マッチング多項式を求めるプロクラムは、いくつか公表されている【15-17】。

参書文献

【1】ドーデル・ルフェ−ヴル・モーザ−共著・大鹿譲ほか訳「量子化学(下) 」
吉岡書店(原著1959年刊), 巻末付録I.
【2】H.Hosoya, Theor. Chim. Acta, 25, 215(1972).
【3】A. Graovac, I. Gutman, N. Trinajstic, and T. Zivkovic, Theor. Chim. Acta, 26, 67(1972).
【4】J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 98, 2750(1976).
【5】I. Gutman, M. Milun, and N. Trinajstic, J. Am. Chem. Soc., 99, 1692(1977).
【6】相原惇一, 化学と工業,42,993(1989).
【7】相原惇一, 化学, 49, 415(1994).
【8】H.Hosoya, K. Hosoi, and I. Gutman, Theor. Chim. Acta, 38, 37(1975).
【9】J. Aihara, J. Org. Chem., 41, 2488(1976).
【10】J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 101, 558(1979).
【11】J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 101, 5913(1979).
【12】J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 103, 5704(1981).
【13】J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 107, 298(1985).
【14】J. Aihara, Pure Appl. Chem., 54, 1115(1982).
【15】B. Mohar and N. Trinajstic, J. Comput. Chem., 3, 28(1982).
【16】岡修, 高嶋洋, 相原惇一,化学,40(1),巻末付録(1985).
【17】R. Ramaraj and K. Balasubramanian, J. Comput. Chem., 6, 122(1985).

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ゼオライト構造のトポロジー 群馬大学工学部 佐藤満雄

1.はじめに

 ゼオライトという言葉がポピュラーになり構造中にケージやチャネルを含むものの総称名として広く用いられてきていますが、もともとはシリカグループ、長石グループ、準長石グループなどと共にテクトけい酸塩を構成する一グループ名です。構造的にはいずれもTiO4(T = Si, Al)四面体が4頂点を全て共有してつくりあげた無限三次元フレームワークから構成されているものです。これらの構造はX線回折法が使われ始めた時から結晶学者の注目をひき、著名なBragg卿やPauling博士などもその解析に積極的に取りくんだ化合物の一つです。様々な構造が明らかになるにつれて、それらの構成原理を解明しようという試みがでるのは当然で、この問題はすでにその当時から始まっております。その後、現在にいたるまで、ゼオライトの構造原理あるいはトポロジカルな特性を統一的に記述する試みが種々行われて来ましたが、これと言って決定的なものはありません。以下に述べますことは数学の専門の方からみれば全く他愛のない話かもしれませんが、これを機会に貴重な助言を頂けますなら幸い。

2.同心クラスターと次数系列1)

 グラフ論的にゼオライトフレームワークは個々のT原子をノード、T原子とT原子の結合線をエッジとする4結合ネットワーといえます。しかし、有限サイズの分子と異なり無限性もまたフレームワークの重要な特徴です。この無限性が問題を複雑にしている最大の原因です。この困難性を克服する一つの方法として同心クラスターの概念を導入します。同心クラスターとはフレームワーク上の任意のノードを原点として、それから同心円的に拡大する一連のクラスターを指し、これらクラスターのトポロジカルな特性から母体であるフレームワークの特性を探ろうというものです。0次のクラスターはフレームワークを構成するノードそのものです。1次のクラスターは中心ノードとそれにステップ1で隣接するノード4個とそれらを結合する4本のエッジです。0次と1次クラスターはテクトけい酸塩の最小基本単位でありフレームワ−クの種類に関係なくどんなものにでも存在します。しかし、2次、3次になりますと多様なクラスターが出現します。幾つかの例を図1に示します。トポロジカルデイスタンスを順次拡大しますとより広いフレームワー% /をカバー出来ます。三次元フレームワークの結合特性は一連のこのような同心クラスター上に反映されております。これらクラスターグラフを系統的に誘導し、相互関係を明かにするためには数量化が必要です。幸い同心クラスターの結合特性は再外側のノード(フロントノード)の原子価に現れていますので、これらを価数毎にまとめて(m1, m2, m3, m4)として表示します。m1は原子価が1のノード数、m2は原子価が2のノード数です。これらフロントノード数を次数、この集合を次数系列と呼びます。図1の( )にそれらを示します。これを用いますとフレームワークの特徴を数量的に表現することができます。例えば、ANA(アナルサイム)は(4,0,0,0),(8,2,0,0),(16,6,0,0),.., LAU(ローモンタイト)は(4,0,0,0),(8,2,0,0),(11,7,1,0)..となり、両者は第3ステップにおいて構造的に分化していることがわかります。FAU(フオージャサイト)はこれらのグループと第2ステップにおいて既に分化していることは明かです。これら一連の次数系列を配位次数系列( 唾闖鰾蜴癆蜿 偵苒繞 嚆髟緕竇挫柘)と名付けます。ところで次数系列と配位次数系列はフレームワーク構造が与えられれば容易に求められますが、非経験的にも導くことが可能です。フレームワークのトポロジカルな相互関係や未知の構造を予測する上ではむしろその方が重要です。フロントノードの結合関係とフロントノード次数の間の関係を定式化しますと同心クラスターに許される全ての次数系列を系統的に全て求めることができます。また、整合関係にある配位次数系列も系統的に誘導することができます。この結果を利用し、既存の三次元フレームワークのみならず、これから新しく報告されるであろう未知のフレームワークも全てこれら配位次数系列のいずれかに帰属させることが出来ます。
Fig.1

3.最大隣接マトリクス法によるクラスターの誘導2)

 2次の次数系列として869種を上で数え上げましたが、これはクラスターそのもののの数ではありません。与えられた次数系列に対していくつかの可能なクラスターが可能です。現在筆者が採用している方法は最大隣接マトリクス法です。これはもともとHendricksonが分子グラフへのナンバリングとして提案した方法です。この方法は分子構造の隣接マトリクスにおいて、2進表示された右上三角行列の配列要素並びを行に沿って最大にするようにナンバリングする方法です。これを用いて同心クラスターを誘導する際にはトポロジカルな特性を付与する必要があります。次数系列(8, 3, 0, 0, )にこの方法を適用した例を図2に示す。これら6種はトポロジカルに全て異なることは明かです。3次のクラスターは2次のクラスターをベースとして同様に誘導することが可能ですが、取り扱うマトリクス次元がn次のクラスターに対してΣ4*3(n-1)と大きくなりますので容易ではありません。
Fig.2

4.ハミルトングラフ3)

 ゼオライトは結晶体であり、その無限三次元フレームワークは並進対称性により律せられています。並進対称性の基本は単位格子です。単位格子に含まれるT原子の数は最少5から最大672までの範囲にあります。これらのT原子についてハミルトングラフとしての結合関係を調べてみますとノード数が36までのもの、34種は全てこの条件を満足することがわかりました。ハミルトングラフとはグラフ上の一点から出発して同一の点を2度通らずにもとの点にもどることの出来る経路が存在するグラフです。これを調べるアルゴリズムは既に確立されておりますがノード数36以上のものについてはコンピュータ探索そのものに時間かかるため行っておりません。フレームワークがハミルトン性を満足するということは複雑な三次元フレームワークを2次元の円グラフとして表現できることです。1例としてSOD(ソーダライト)を図3に示します。ところで、このゼオライト系ハミルトングラフはもう一つの特徴を持っています。それは円周上の全てのノードの原子価は4であり、その中の2個はハミルトンパスを構成するのに用いられますので; Dりのフリーな価数は全て2です。としますと、これらは次数が2の正則グラフを構成し、これらの間には必ずループが存在することになります。ノード数が5の可能なループを図4に示します。ループで結ばれたノードはグループをつくりますが、これらを記号で図の下に示しました。この表現は置換群操作の表現と全く同様であり、これを利用すれば可能なループは群表現的に求められることになります。n個の元からなる集合の置換操作はそれらの対称群を構成し、その数はn!ですが、この中から自分自身へのループを含むものをとり除けばよいことになります。既存のフレームワークのみならず未知のフレームワークもすべてこれらハミルトングラフに含まれます。
Figs.3-4

5.おわりに

 ゼオライトフレームワーク中に存在するケージやチャネルの形、サイズ、組み合わせなどはゼオライトの物理的化学的特性を理解する上で重要です。上に述べた方法では未だこの問題との関連が未解決です。この問題は現在進行中であり、いずれ稿を改めて発表する予定です。

参考文献

(1)M. Sato, J. Phys. Chemistry, 91, 4675(1987)
(2)佐藤満雄、第10回情報化学討論会講演要旨集、8131(1987)
(3)M. Sato, J. Math. Chemistry, 7, 341(1991)

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Combinatorial Chemical Libraryについて 三菱化学(株)横浜総合研究所 関谷 哲雄

1、はじめに

新薬創製の第1歩はリード化合物の発見である。従来よりランダムスクリーニングはリード化合物発見の方法として重用な位置を占めて来た。欧米の大製薬企業では数十万の化合物ライブラリーを保有し、新規テーマのスタート時、これらライブラリーの大規模なスクリーニングをおこなう。最近このランダムスクリーングという言葉に代わってHigh Throughput Screeningという用語がしばしば使われる。そこにはランダムから想起される力仕事だけではない工夫の入ったニュアンスが漂う。ランダムスクリーニングがどのような変身をしているのであろうか。High Throughput Screeningとは迅速大量処理可能な評価系と、ロポットシステム導入などにより、リード化合物の早期発見を目指ざす方法である。評価すべき化合物(ライブラリー)については、従来からのライブラリーの利用に加え、Combinatorial Chemical Library(CCL)の利用が往目されている。1-3)CCLは文字通り組合わせによる化合物のライブラリーで、代表的な化合物はべブチドである。

2、ベブチドライブラリー

Fig.1

ベブチドは天然のアミノ酸20種を使った場合その組み合わせによりテトタマーで16万種、ベンタマーで320万種の化合物を作ることが出来る。抗原抗体反応にみるとおりベブチドオリゴマーは生体分子と相互作用可能なあらゆる構造を用意していると思われる。べブチド合成は、Merifield以来の自動合成技術があり、ライブラリー調製には主にエピトープ解析の為に発達した同時多種合成法であるMultipin法、Teg-Bag法、Split/Pool法などが適用される。Split/Pool法では図1に示すようにコンポーネントの結合反応ごとに分離と混合を繰り返す。コンポーネントの数をXとするとnX回の合成操作でXn種類の化合物を合成することが出来る。4)このように固相合成された混合物ライブラリー(ただし、同一担体には同一べブチド)は、ターゲット蛋白に接触させることによりそのまま生物評価に用いることができる。すなわちターゲット蛋白と結合したべブチド担体(ビーズ)をあらかじめ蛋白に結合された蛍光物質などの目印をたよりに担体ごとつまみ出し、ついでべブチドを担体から切出し配列をアミノ酸配列分析計で決める。このようにして 賊伊以上の化合物のライブラリーからターゲット蛋白と親和性の高いべブチドを1度のスクリーニングで発見することができる。
また担体から切り離したべブチドをライブラリーとして利用することもできる。切り離されたべブチドは通常の化合物と同様に扱うことができ種々のスクリーニング法に適用可能となる。しかし、組み合わせによる化合物の数は膨大でHigh Throughput Screeningといってもスクリーニングは困難になる。このため生物活性の評価を工夫した種々のアイデアが報告されている。たとえば一部の構成アミノ酸配列は明らかで他はランダムな配列のべプチドを用意し、スクリーニングと合成を繰り返しながら活性に必要な配列を明らかにする「コロンブスの卵」のような方法が1991年にNature誌上に提案された。5)この方法は評価結果をみながら何度か繰り返し合成する必要があるが評価回数に比べれば膨大な種類の化合物を検討することが出来る。
また半導体製造技術を応用したハイテク手法も報告されている。固相合成の一種で担体上(この場合担体はプレート)に番地の明らかな微小区分を設定し、それぞれの区分に構造の分かったべブチドを合成する。1cm四方に約40000種類のべプチドを合成する事が出来る。合成にあたり光感受性保護基を用い、光リソグラフィー技術を応用してその除去を制御し配列構造をコントロールしている。スクリーニングは、ターゲット蛋白とライブラリーの乗ったプレートを接触させ、蛋白と結合した微小区分はレーザー光をあて番地を読み取る。合成時に記録した番地と構造のテーブルからそのパブチド構造を知ることができる。6) このほか生物的方法としてファージに合成ボリヌクレオシチドを組み込み、ファージの表面蛋白に発現させライブラリーとして利用する方法も行われている。評価はターゲット蛋白に結合したファージを取り出しその遺伝子を解析することにより配列を決めることが出来る。
このようにして得られるリード化合物は当然べブチドで、経口吸収性、持続性などの問題をもちノンベブチド化のステップが必要である。べブチドCCLの持つこのような課題を解決するため、CCLは早くも第2世代へ展開している。

3、ノンブブチドライブラリー

Chiron社はPeptoidと呼ばれるN置換グリシンオリゴマーを開発した。Peptoidは不斉中心をもたず、またアミド結合は2級で切れにくいという特徴をもち、N置換基を工夫することによりべブチドと同等以上の分子多様性をもつ。応用例として7回膜貫通型受容体阻害薬のαアドレナリン受容体阻害薬CHIR4535(Ki=5nM)や、μーオピオイド受容体阻害薬CHIR4535(Ki=6nM)が得られたことが昨年報告されている。7)また複素環化合物の合成も固相合成の対象とされペンゾジアゼビン誘導体(1)、ヒダントイン誘導体(2)、ジケトピベラジン誘導体(3)などのCCLも報告されてCCLの広がりを見せている。1,3)しかし、これらのCCLではベブチドライブラリーとは異なり化合物の確認が問題となる。解決法としては反応手順を記述するタグを担体に都度結合させる方法がとられる。タグとしては、ベブチド、オリゴヌクレチド、揮発性のハロアロマチック化合物などが提案されている。タグとしてのオリゴヌクレオチドは自然界でアミノ酸をコードしているトリプレットコードを離れて人工的に任意に記号化することができる。検出には担体か ら切り離したオリゴヌケレオチドをPCRで増幅し配列解析して、担体上のもとの化合物を特定する。8)ハロアロマチック誘導体を用いるタグでは、いく種類かの誘導体を用意し個々のタグ化合物の有無を2進法の数字として記号化している。タグ化合物の検出は高感度のガスクロマトグラフィ一で行っている。9) 固相合成法はこれまでべブチドやオリゴヌクレチドなどの鎖状の化合物の合成法として発達したが、CCLという新しい目的を得てこれまで液相中でおこなわれてきた有機反応の固相反応への展開がどこまで広がりをみせるか今後が期待される。
Fig.2

4、CCLの将来展望

最近、欧米の大製薬企業が相次いでCCLの有力なべンチャーを高額(たとえば、CibaはChironを21億ドル、GlaxoはAffimaxを5.3億ドル)で買収あるいは資本参加した。10) CCLはリードディスカバリーの重要な手法として認知されたようである。CCLの進展には合成技術の上述のような進歩が必要であると同時に、ライブラリーの設計問題や、多量の活性データ活用のためのシステム開発など計算科学上の問題も解決されていく必要がある。たとえば設計されたライブラリーはターゲット分子に対し十分な分子多様性(Molecular Diversity)を持っているかという評価は大事であると思われる。そのためのパラメーターとしては化合物の物理化学的性質、構造上の特徴などが考えられている。これらはかつて構造活性相関におけるパターン認識の問題として議論されたことがある。CCLという新しい概念の出現により新たな展開があるのであろうか。またライブラリー設計にあたりターゲット蛋白の構造が既知の場合、蛋白の構造に相補的なコンポーネントをいくつか想定しこれらの組み合わせによりCCLを調製するという考え方も提案されている! #これまでHigh Throughput Screeningとは対局にあるとおもわれたStructure Based Drug DesignがCCLという新しい概念の進展にともない融合しようとしている。計算科学の分野から見ても動きの速い興味深い時期にさしかかっているといえる。

参考文献

1) M. A. Gallop, R. W. Barrett, W. J. Dower, S. P. A. Fodor, and E. M. Gordon, J. Med. Chem., 1994, 37, 1233
2) E. M. Gordon, R. W. Barrett, W. J. Dower, S. P. A. Fodor, M. A. Gallop, J. Med. Chem., 1994, 37, 1385
3) N. K. Terrett, M. Gardner, D. W. Gordon, R. J. Kobylecki, and J. Steele, Tetrahedron, 1995, 51, 8135
4) K. S. Lam, S. E. Salmon, E. M. Hersh, V. J. Hruby, W. M. Kazmierski, and R. J. Knapp, Nature, 1991, 354, 84
5) R. A. Houghten, C. Pinilla, S. E. Blondelle, J. R. Appel, C. T. Dooley, and J. H. Cuerve, Nature 1991, 354, 84
6) S. P. A. Fodor, J. L. Read, M. C. Pirrung, L. Stryer, A. T. Lu, and D. Solas, Science, 1991,251,767
7) R. N. Zuckermann, E. J. Martin, D. C. Spellmeyer, G. B. Stauber, K. R. Shoemaker, J. M. Kerr, G. M. Figliozzi, D. A. Goff, M. A. Siani, R. J. Simon, S. C. Banvile, E. G. Brown, L. Wang, L. S. Richter, W. H. Moos, J. Med. Chem., 1994, 37, 2678
8) S. Brenner and W. C. Still, J. Am. Chem. Soc., 1994, 116, 373
9) A. Borchardt and W. C. Still, J. Am. Chem. Soc., 1994, 116, 373
10) D. Rotman, Chem. Week, June 28, 1995, 17

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